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【公式インタビュー】卒業直前!インドネシアで一番有名な日本人、JKT48仲川遥香が語る、今の伝えたいことは?

インドネシアで一番有名な日本人となったJKT48仲川遥香。 12/17(土)に行われた「JKT48 5th Anniversary Live in Concert&Haruka Nakagawa Graduation Ceremony "B・E・L・I・E・V・E"」は超満員の3000人超が押し寄せ大成功を収めました。JKT48として活動は12/30(金)JKT48劇場での卒業公演を残すのみとなった卒業直前の彼女へ独占取材。 AKB48グループ一の成功者といっても過言ではない仲川遥香の想い、必見です。

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    JKT48仲川遥香 略歴

    仲川遥香プロフィール

    ■名前
    仲川遥香
    ■ニックネーム
    はるか
    ■生年月日
    1992年2月10日 (24歳)
    5人姉妹の次女(姉・本人・妹・弟・妹)
    ■血液型
    O型
    ■身長
    160cm
    ■出身地
    東京都
    ■所属事務所
    プロダクション尾木
    ■選抜回数
    AKB48 2回
    JKT48 15回(じゃんけん選抜含む、すべてのシングルで選抜入り)

    AKB48での活動

    【2006年】
    ■12月3日
    AKB48 3期生オーディションに合格

    【2007年】
    ■4月8日
    AKB48劇場デビュー

    【2010年】
    ■6月
    第2回 AKB48総選挙 第20位
    ■8月
    AKB48 17thシングル「ヘビーローテーション」で選抜メンバー入り

    【2012年】
    ■6月
    第3回 AKB48総選挙 第24位
    ■8月
    『AKB48 in TOKYO DOME 〜1830mの夢〜』初日公演において、JKT48へ移籍を発表

    JKT48での活動

    【2012年】
    ■11月1日
    JKT48へ移籍
    ■12月26日
    JKT48劇場デビュー

    【2013年】
    ■6月-7月
    初のコンサートツアー「Perkenalkan, nama kami JKT48」全5都市7公演

    【2014年】
    ■4月
    第1回 JKT48総選挙 第3位

    【2015年】
    ■2月
    AKB48×JKT48合同コンサートを開催
    ■5月
    第2回 JKT48総選挙 第2位
    ■6月
    チームTキャプテン就任

    【2016年】
    ■2月
    『JKT48リクエストアワーBEST30』にて、年内でJKT48およびAKB48グループからの卒業を発表
    ■5月
    第3回 JKT48総選挙 第3位
    ■6月
    インドネシア第2の都市スラバヤの「88Avenue」で開催されるコンサート会場まで約800キロの道のりを12日間かけて自転車で走破しコンサート中に見事ゴール
    ■9月
    JKT48初開催されたじゃんけん大会で選抜入り
    ■10月15日-16日
    JKT48メンバーと共にAKB48劇場で出張公演
    ■12月17日
    インドネシア第3の都市バンドンの「Trans Luxury Convention Center」で開催された『JKT48 5th Anniversary Live in Concert&Haruka Nakagawa Graduation Ceremony "B・E・L・I・E・V・E"』にて卒業セレモニーを実施
    ■12月30日
    JKT48劇場での劇場公演(旧チームT&新チームJの昼夜2回公演)にて、JKT48としての活動を終了を予定

    2月の卒業発表から現在まで

    2016年2月に行われたJKT48で初めてのリクエストアワー(リクアワ)の最後に、卒業が発表されました。

    Sumber: youtube

    2016年5月 第3回JKT48総選挙に向けてのアピール動画

    5月に行われた第3回JKT48総選挙では、残念ながら1位には届きませんでしたが、見事第3位。 総選挙順位の変遷が第3位⇒ 第2位⇒第3位と彼女がJKT48の中心メンバーであったことがわかります。

    Sumber: youtube

    コンサート会場まで約800キロの道のり自転車で走破する企画への意気込み動画

    5月にはインドネシア第2の都市スラバヤの「88Avenue」で開催されるコンサート会場まで、約800キロの道のりを12日間かけて自転車で走破する企画を行いました。 見事コンサート当日の終盤にはゴールをし、最高のフィナーレを迎えました。

    Sumber: youtube

    JKT48メンバーによるAKB48劇場での出張公演「僕の太陽」についての紹介動画

    10月15日-16日には、仲川遥香を含むJKT48メンバー合計16名が秋葉原のAKB48劇場で「僕の太陽」公演を披露しました。 JKT48メンバーがAKB劇場のステージに立つのは、今回が初。 仲川遥香がJKT48に移籍してからほぼ4年の月日を経て、実現しました。

    Sumber: youtube

    JKT48 5th Anniversary Live in Concert&Haruka Nakagawa Graduation Ceremony "B・E・L・I・E・V・E"紹介動画

    12月17日には、JKT48 5th Anniversary Live in Concert&Haruka Nakagawa Graduation Ceremony "B・E・L・I・E・V・E" を開催。当日は、超満員の3000人超が会場に駆けつけました。

    コンサートの最後に、会場にいる全員と。

    コンサート翌日に行われた握手会場で、ファンと一緒に。

    インドネシアでの4年間をつづった、仲川遥香 自叙伝『ガパパ!』を出版

    ガパパ! 〜AKB48でパッとしなかった私が海を渡りインドネシアでもっとも有名な日本人になるまで | 仲川遥香

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    インドネシア語をわずか半年で言葉をマスターした秘訣、現地人のハートをわしづかみにしたコミュニケーション術、などなど海外で成功するノウハウも満載。日本でくすぶってる、今の生活にしっくり来てない、そんなあなたへ…。 世界に飛び出す勇気が欲しい日本人すべてに役立つ『インドネシアでもっとも有名な日本人』仲川遥香が贈る、涙と笑いのサクセスストーリー。

    インドネシアでの4年間をつづった自叙伝。200ページを超えるボリュームながら、非常に読みやすく、集中して一気読みをするのがオススメ。タイトル『ガパパ』という言葉は、インドネシア人の口癖”Tidak Apa Apa”(問題ないよ)の若者言葉です。

    公式インタビュー

    ①JKT48 5周年&卒業コンサートを終えた今の気持ちを教えてください

    ”あっという間だったな”というのが正直な気持ちです。
    今年2月に卒業発表してから長いなと正直思ってたんですけど、急に11月ぐらいから、”あれ、やばい来月だ”と思い始めてからはあっという間でした。
    なんか終わっちゃったという気持ちというか、もう一回やりたいなという気持ちもありつつ、寂しいなという気持ちもありつつ。。
    最後のコンサートだったんだなと今思うと、、なんか呆気なかったなぁってちょっと思います。

    ②新チームでの公演が始まったばかりの中での、卒業コンサートに向けての準備いかがでしたか?

    最後まで48グループらしいなと。笑
    やっぱり劇場があっての48グループだし、レッスンも10年たっても夜中までレッスンするし。
    それは48グループの特徴なのかなというか大事な所かなと思います。
    毎日練習して毎日ステージに立ってっていうのがみんなの成長に繋がると思うし、それは48グループしかやっていないから最後まで48グループ感を味わえました。

    ③卒業コンサートでの裏話、なにか聞かせてもらえますか?

    足を怪我しました!膝を切りました結構深く。。
    リハーサルの時に、ステージの釘に引っかかって結構ざっくり切れちゃって。
    本当は縫わなきゃいけなかったんですけど、意外と早く傷が閉じたので、なんとか大丈夫という感じだったですよ。笑
    でもびっくりというか、痛くて泣いたというよりは、なんか色々考えちゃって。
    せっかく最後のコンサートなのに怪我しちゃったとか、明日出れなかったらどうしようとか、
    もう結構血も出ちゃったので、リハーサルも中止になちゃったし、いろんなことがもう。。次の日コンサートだったんですけど、その日の夜は全然寝れなかったです。
    朝4時ぐらいに寝ました。笑

    みんなには最後まで持ちこたえたねって言われたんですけど、JKTで初めてコンサートをやった時にはデング熱になっちゃったし。これまでのコンサートでも結構色々あったので、最後の最後まであるんだぁって思いながら。
    でも次の日はなんとかできたので。それが一番思い出ですかね。
    あとは、ドレスで歩くのがすごい大変でした!
    ああいうドレスを着ることが普段はないし、さらに踊るということも無かったからそれがすごい大変でした。

    ④AKB48グループ活動過去10年間を振り返って一番印象に残っている『喜怒哀楽』を教えて下さい。

    AKB48グループ活動10年間で一番喜んだこと

    最初にAKBで選抜に入ったこと、ヘビーローテーションでです。
    総選挙で選抜に入ることってそれがAKBでは最後だったから、すごい嬉しかったし。。
    忘れないかな。
    でもみなさんにあまり知られてないんです、私が選抜だったって!
    あんまり知られてないからここで言っておきますね。笑

    AKB48グループ活動10年間で一番怒ったこと

    チームTのキャプテンになってから。なんかもうハゲんじゃないっかなと。笑
    私の髪の毛10円ハゲでもできるんじゃないかってぐらい怒ったかな。
    今まで人に怒るってことってあんまり無かったというか、そういう立場になることがあんまりなかったから、JKTに来た時も結構怒ったけど、でもそれは1期生と一緒にやりながらっていう部分が大きかったのでまた違いましたね。
    チームTでは毎日にように怒ってました私。なので、一番怒ったんじゃないかな?その1年間ぐらい。あ、詳しいことは本に書いてあるので是非読んでみてください!

    AKB48グループ活動10年間で一番哀しんだこと

    あんまり私はステージで泣かないんですけど、10月のAKB劇場での出張公演でAKB劇場のステージにJKTメンバーと立って「夢の河」を歌った時に、なんか実感したというか寂しくなるなってすごい一気にきました。
    やっぱりAKBは最初の私のホームだし、その場所にJKTのみんなと立てたっていうのは嬉しかったけど、やっぱりこれが最後だと思うとすごく寂しかったですね。

    AKB48グループ活動10年間で一番楽しかったこと

    えー、いっぱいありますよ!いっぱいあるけど。。
    家族が増えたことことかな?
    AKBにもいっぱい家族がいて、JKTにもいっぱい家族がいて、だからそれはすごいうれしいことだなって思います。

    ⑤在籍したAKB48とJKT48、それぞれを一言で表すとどんな言葉になりますか?

    AKB48時代を一言で表すと

    「大変だった」かな?JKTよりも。
    3期生としてAKBに入って、まだAKBが売れてなかった時代でもあるし、そういう中でまだ15歳とかの年齢で色々人と比べられて、人の前で比べられてっていうのがすごい大変でしたね。
    楽しいことももちろん一杯あったけど、やっぱり学ぶことが多すぎて大変なことの方が多かったです。

    JKT48時代を一言で表すと

    「成長」かな?
    AKBで大変だったことを持ってJKTに来たから、JKTで言葉とかは置いておいて、あんまりそんなに大変なことが無いというか、逆にみんなに教える立場で自分が成長したというか。
    なのでまた全然AKBと違った風にできたのかなと思います。 

    ⑥JKT48として活動がもう間もなく終わる今、伝えたいことを教えてください。

    JKT48のメンバーへ

    大切にしてほしいなって思います。このお家を。
    きっとこういうグループって無いと思うし、そういうグループに入れたことを本当に大切に思ってほしいし、ステージがあって・スタッフさんがいてっていうことをほんとに大切に思ったほうがいいなっていうのは改めて思うし。
    私も結構そういう風に思わなきゃなって思うことも多かったから、みんなにはちゃんと大切に思ってほしいなって思います。

    AKB48のメンバーへ

    AKBが一番売れた時代からすると色々大変なことも有ると思うけど、諦めないで挑戦してほしいなって思います。
    私もJKTに行くって決めてから色々変わったし、なのでみんなももっともっと大きくみてほしいなって。
    いろんなグループが今できてる中で、まだ若い子が多いし色々やってほしいなって思います。

    ファンへ

    ファンの人にはいや本当に10年間お世話になって、こんな私を応援してくれてありがとうございますという気持ちでほんとに一杯です。
    インドネシアに移ってからも、インドネシアに来てくれるファンもいてくれたりとか。
    私は結構自由だから多分それについていくのも本当に大変だった思うんですけど、
    それでもAKB劇場での出張公演にも来てくれたし、AKB劇場が満員になったのもやっぱり嬉しかったし、卒業を前にすると改めてやっぱりファンの人たちは大事だったんだなっていうのを感じています。
    いつも塩対応してたかもしれないけど、やっぱりファンがいたから総選挙に入れたり、卒業公演できたりとかもするので、ほんとに家族の一員のような存在です。卒業しても応援してほしいなって思います。

    家族へ

    ほんとに自由な私を自由でいさせてくれるので、ほんとにありがたいし、あんまり細かいこと聞いてこないのも嬉しいというか。
    きっと色々思っているんだろうけど、遠くでみていてくれて。
    でもなにかあった時は支えてくれるっていう、遠いような存在だけどでもすごい気が付いてくれるそういう家族でいてくれるから、嬉しいなって思うしインドネシアで活動しててもなにも言わずに応援してくれて良い家族だなって思います。

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